度胸、愛嬌 幸せ……

 七草がゆ お食べになりましたか。

 セリ ナズナ(ぺんぺん草) ゴギョウ(ははこ草) ハコベラ(はこべ) 
 ホトケノザ(たびらこ) スズナ(蕪) スズシロ(大根)

残念ながら家には、七草がゆを作ろうという気の利いた者はおりません。スーパーで七草セットを買ってきてお願いしても、叶えられるかどうか、敵の気分次第ですから、今年は諦めることにしました。

君がため 春の野に出でて 若菜つむ
 わが衣手に 雪は降りつつ  (光孝天皇)

光孝天皇のように貴方のために…を真似て、貴方と家族の無病息災、長寿を願って、態々スーパーで買ってきたんだ 「どうか作ってちょ~だいませ」 と言えばどうなるか?
「それなら、あんたが作って皆に振る舞え!」と反撃を喰らうだろう。

蕪や大根の漬物は昨日も今日も食べた。7分の2の御利益で我慢します。(笑)

☆ 男は度胸 女は愛嬌 坊主はお経

福田首相、「堂々と粛々と正道歩む」
小沢代表「人生を懸けて戦いに臨む」

七日、仕事始めでの自民、民主代表の挨拶です。
福田さんは、奇策はない地道にやると、相変わらず生真面目さを装っておりますが、本当のところは分かりません。何せ周りの幹部があれこれ喧しいですから…。

福田さんの腹の内を勝手に解釈して申し訳ないが、裏表のある人物に思えてならない。彼は切れ易いと政界では言われている。

元総理を父に持つ彼は、安倍氏と同じく妙な殿様意識があるのだろう。
我々には理解し難いプライドを持っていて不思議はない。
その福田氏が最近は「信頼、信頼」が口癖になった。
信頼がないのが、党なのか自身なのか自覚できていないのでは?ないか?。

「信無くば立たず」 当たり前ですが、国民に信頼のない為政者は退場するよりありません。

福田氏の生い立ちは問いませんが、口舌の徒と呼ばれないためには、自ら、判断し、決断して実行する度胸がなければ、只の第○代首相と年表に印刷されるだけである。

福田さんは、本来の自分(妙なプライド)を殺して隠忍自重しているように見える。或いは党幹部と申し合わせた作戦か…。何れにしろ、信頼を得るためには、今までの膿をすべてさらけ出す覚悟がいる。小泉は「自民党をぶっ壊す」と高言を垂れて焼け太りさせた。

柳の下にそうそう泥鰌はいないことを知りましょう。男は度胸。進むのも良いですが、過去を清算しないまま、懐柔策を弄しても国民の心には響きません。潔く退く決断する勇気を求めます。一億3000万の国民のために。

女は愛嬌と申します。尤も最近では死語同然で、求める男が野暮でしょう。
しかし、愛嬌は男にだってあります。自然に培われた愛嬌はその人の個性であり、魅力でしょう。

政界には当然ながらそういう人は少ないでしょうが、本人は愛嬌をを振りまいている積りなのに毒を撒き散らしている御仁がいます。
その、代表がマダム寿司こと小池百合子女史でしょう。

マダム寿司は、小泉選挙で手柄を上げ、小泉に勲一等を授けられて有頂天になった人物です。その牙城に民主が乗り込みました。江端貴子氏(47)です。

勝負の行方は分かりませんが、新人で初々しい女性と手垢に塗れた小母さんとの勝負に興味がつきません。
が、その選挙区の有権者の皆さん、マダム小池に喝采した時を思い出しましょう。今は大きく様変わりしています。浮かれていた昔日の付けを背負わされれているのです。

あるインタビューで、江端氏の挑戦を問われた小池氏は、全く無視、問題外の様子で、「小沢さんが来るなら云々」と綽綽でした。小沢が鞍替えして来い、と言う愛嬌の欠片もない小母さんでした。

ところがこの回転寿司がポスト福田に擬せられている、と言う報道があり、ビックラ仰天しました。小母さんに集う同志がいるらしい?これは最早、笑い話ではなく、怪談だ。(笑)

皆さん考えて見てください、こんなKY(空気の読めない)自民党が、環境汚染や『温暖化など、大気に関係のある問題についてご託宣をノタマッテいるのです。
これは、自己中の茶番、三文、猿芝居もしくは、KUSO芝居と言うのではないでしょうか…全く懲りない連中である。
政治家も勤労者である退職金をよこせ。と言う御仁もいる。こういう話になると与野党議員は少なからず賛同する。

可笑しな日本。

長くなりました。度胸は措いとくとして、愛嬌は知らず知らずの内に培ってきた人柄でしょう。
福田の薄笑い、安倍の泣き顔、小泉の絶叫などに愛嬌はありません。

表情と心は一体ですから、私たちも十分観察して判断しましょう。

☆ ちょっと横道。
笑ってしまいましたが皆さんは如何でしょうか……。

 カメラは見た!公判中、携帯電話に出る裁判長、たばこを吸う書記官…とんだ裁判―四川省
   1月7日11時11分配信  yahooニュース-Record China

裁判は厳粛なもの…そう考える人がほとんどだろう。しかし、2008年1月3日、四川省南充市西充県の人民法院(裁判所)には、そんなイメージを覆す光景があった。

人民図片網の記者はこの日、法廷でいくつもの“不思議な光景”を目の当たりにした。まず、法服を着ているべきはずの女性裁判官が、ファー付きの真っ赤な羽毛ダウンを着ている。そして裁判中、おもむろに携帯電話を取り出し、電話を掛け始めた。通話は2分近くも続いた。書記官は普段着を着ており、たばこまで吸っている。【 その他の写真 】

さらに驚くことには、原告の口頭陳述中、どこかで携帯電話が鳴り出し、軽快な着メロが法廷中に響き渡った。音の鳴る方に目をやると、なんと裁判長が携帯電話を取り出し、話し始めるではないか!通話は1分間にも及んだ。被告の陳述中には、裁判長が自分の話を聞いていないことに気づいた被告が、何度も確かめるように顔を上げ、“気を利かせて”陳述を一時中断していた。

そんなこんなで裁判には何度も短い中断が入った。情報によると、現地の県(通常「省」の下、地級行政区に属する)レベルの裁判所では、このような光景は決して珍しくはないという。(翻訳・編集/藤野)

☆☆☆☆☆

 山のあなた

 カール・ブッセ
 上田 敏 訳

 山のあなたの空遠く、
 「幸」住むと人のいふ。
 ああ、われひとと尋めゆきて、
 涙さしぐみ、かへりきぬ。
 山のあなたになほ遠く、
 「幸」住むと人のいふ。

 幸せって何なんでしょうか?
求めて得られない 「宝」 かも知れません。

今幸せですか?と尋ねられて、幸せです、と答えた人も明日、同様の質問に 「いいえ」  と答えるかも知れません。

私のような者は、一杯の酒にありつけるだけで幸せなのです。
幸せと言うのはその程度のもの、とも言えます。
元々足元にあるのです。

しかし、幸せと言う抽象的な言葉は置いときまして、国民福祉というなら話は全く違ってきます。税金を払い、保険料を払い、他にも様々負担をしている私たちには、それ相応の福祉を受ける権利があります。
払おうにも払えない境遇の方もいます。強者の論理で圧するのは不条理です。

財源がない云々で逃げる方便は、過去のものとなりました。苦虫を噛み潰したような顔付きで高言を吐くパフォーマンスは通用しなくなりました。

半世紀以上に亘って国家を壟断してきた政党に、付けを請求しても返済されることはありません。多少時間が掛かろうとも政権を代えて、一段一段幸せの階段を登りましょう。

山のあなたの空遠く
 「幸」住むと人のいふ。

山のあなたになほ遠く
 「幸」住むと人のいふ。

個々人の幸せ探しの旅は其々にお任せするとして、万人の福祉向上は皆さんの意識が変われば出来ます。

政府の戯言、政治家の高言には???が第一です。

長くなりすぎまして、暴走しそうですので、終わります。
幸せは足下にあります。と思います。

そうそう、「坊主はお経を」 忘れていました。

まあ、単に語呂合わせにされる位ですから、付き物(セット)には違い有りません。
坊主が必要な時はお経がついてきます。通過儀礼のデコレーションでしょうな。
度胸、愛嬌、花らっきょう、と同じように、リズム良く膾炙される値打ちのものだったのでしょう。

失礼しました。


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