美しい⇔醜い

美しきもの。 

  
画像 たんぽぽの綿毛
 
 


明日の参院補選、統一選も気に成りますが………。

教育関連法案が審議入りしました。『美しい国』づくりの基本は教育だと題目を唱える、安倍首相を先頭に、与党は今国会の成立を目指している。

就任当初から再生、再生と言い触らしてきた安倍首相は、余ほど素性の良いお方なのでしょう。

由緒正しい家柄生まれの彼から見れば、我慢ならないのかも知れない。彼を育てた周りの人間も皆、同様の血筋を有する人々だったのであろう。
安倍首相から見れば、我々は心の荒んだ人間であり、到底放置するこができないのだ。
彼は、再生しようとしているのではなく、更生してあげると言っているのである。時代を遡れば有り難き幸せと平伏するところだが、今日ではトンだ勘違いの思い込みである。

教育の重要さを否定する者はいない。最も、大切なことは情操を育む教育である。知育、徳育、体育をバランスよく行なうことも重要です。
健全な肉体に健全な精神が宿ると言われますが、肉体、精神どちらが先でも後でも良い。

要は子供達の将来を本当に慮ってのことなのかと言うことです。安倍首相を始め再生推進者は、子供達の自由な心を、安倍思想の重箱に閉じ込めようとしている。
子供達を国の奉仕者に育てようとしているのである。折角自我に目覚めた子供達が形成期に押し付けられると、個々人の自我は確立されず、国に対する忠誠心だけが残る。「愛国少年・少女・青年」ロボットになってしまう。

安倍一派はそのことを押し隠すことなく、堂々と高言しているのだ。
世界の国々でもナショナリズムが台頭してきたという報道もあるが、オーバーに報道しているのは日本だけだ。
各国其々様々な問題を抱えているだろうが、思想・良心の自由や言論・表現の自由が当たり前になっている先進国で、最も人間形成が大事な子供達に、愛国教育を押し付けようとしている国は日本だけだ。

インターネットなどが普及した今日、世界で起こっている紛争はすべてビジネスであるとバレテしまった。
各地で起こっている紛争も、其々の国はビジネスとして損得勘定で紛争に参加したものの、自国民の世論に逆らえず損切り覚悟で引き上げた。日本だけが未だにポチのままである。

長年膨大な金を米国に差し上げ、今もイラク派遣に巨額の支出をし続けている。今まで散々隷属してきたのだ。たまにパスしますと言ってもいいと思うが。

日本自身もそろそろ自我を確立したほうが良いのではないか。尤も、歪んだ精神で、戦争を引き起こした国体になるのは御免だが。

さて、安倍政権が成立を目指す教育改革すべてに反対です。
この政権の目論見があまりにもアカラサマで、幼稚だからです。

しかし、釣られて見ました。安倍御曹司は教育の格差をなくすなんてほざいてますが、免許更新制 学校評価 教育バウチャー制度、どれをとっても格差是正には程遠い。その上、77億円を費やして全国学力調査をするという。これで格差が解消されるか疑問だ。教育格差・学校格差が広がる懸念の方が大きい。

更に、校長、教頭以外に副校長や主幹教諭などを置くそうだ。船頭多くして船山に登るというが、管理職ばかり増やして直接生徒と接する先生が少なくなれば、先生は生徒を見るより管理職を見るようになるのではないか、教育現場に公権力が圧し掛かる時代遅れも甚だしい。

地方分権にも逆行する所業である。
安倍内閣は、唯一つの目的のために、一部勢力が作った政権である。安倍が政権の座に就くまでのことを思いだせば瞭然である。北朝鮮を利用したマスコミ総動員で安倍人気は沸騰していた。

残念ながら彼等の思惑通りに進んでいないのが、我々にとって救いだが、まだ、数で圧倒している政権である。油断大敵、心して彼等の不条理を監視しましょう。

また何時もの癖で取り留めなく書連ねてしまいました。あっち跳んだり、こっち跳んだり、文脈もめちゃくちゃですが、ご容赦を願います。

安倍さん執念の「美しい国」↓↓

美しい国:安倍政権、精神面の大合唱 HPで一般募集も

毎日新聞 2007年4月20日 19時48分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/archive/news/2007/04/20/20070421k0000m010064000c.html
 
保守主義を掲げる安倍政権が、国民の精神面に働きかける取り組みを強めている。首相直属の教育再生会議が道徳の教科化や「親学(おやがく)」の創設を提唱し、20日から首相官邸のホームページで「日本の何が美しいのか」を一般から募集するイベントも始めた。

 首相は就任以来、「美しい国、日本」を繰り返し、「美しい国づくり企画会議」も作った。募集はこの会議が行い、「普遍的な価値のあるものを見つけ伝えていく」(企画会議事務局)という。

 ただ、同会議で座長代理を務める山内昌之・東大大学院教授は、注意すべき点として19日付の内閣メールマガジンで「美しい国づくりが内向きの発信にならないこと」を挙げ、「自己中心的にならずに平和な国づくりとしても努力しなくてはならない」と自己陶酔に陥るのを戒めた。

 各省庁も「美しさ」のオンパレードだ。農水省は2月「美しい森林づくり推進国民運動」を提唱し、環境省は6月に策定する環境立国戦略の基本理念に「美しい国づくり」を盛り込む。

 一方、教育再生会議は今月17日、第2分科会(規範意識)が、親にあるべき姿を教える「親学」を提起。同会議は道徳を教科にすることでも一致しており、5月にまとめる2次報告に盛り込む方向だ。教科になれば、いずれ道徳面での評価が行われる可能性もある。

 「美しい国」の合唱に関して、首相に近い八木秀次・高崎経済大教授は「国民一人一人が日本をもっと良くするための精神的な運動をやろうということじゃないか」と指摘、「国家の根幹、国民意識の基本にかかわる問題について、政府として取り組み始めたということだろう」と話した。

 これに対し、近現代史に詳しい作家の保阪正康氏は「美しい国という抽象的な言葉を政治目標に据えるのは、皇国や臣民というあいまいな言葉を多用して政治を揺さぶった昭和初期の軍人を想起させる」と懸念を語った。【平元英治、渡辺創】
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 『何も何も、小さきものはみなうつくし』

清少納言は枕草子 の中でこう述べています。

少納言は少なくも私より遥かに感性が豊かですから、単に可愛いらしいという捉え方はしていないでしょう。

「小さきもの」の無邪気な仕種は我々の心を洗ってくれます。
我々が子供達を慈しむように、子供達の清らかな瞳こそ慈悲の眼差しなのです。

子供達から慈しまれているのだと感ずる心があれば、「教育してやろう、言う通りにしろ」とは言えない筈だ。

導くにはそれなりの覚悟がいるのだ。目的は子供達の豊な感性を育むことである。
優しく、時には強引に正すことも必要なのは当たり前だ。

権力者に隷属させる目的や指導者が個々人の能力を誇示することではない。前提はあくまで、豊な感性を育むことである。

心には意識しようと無意識であっても知情意が常に働いています。時にバランスが崩れることがあっても直ぐに戻るようにできています。

邪な考えを押し付ける者によってバランスが崩れると、相手の思う壺です。
安倍政権を打倒しましょう。私の個人的な思いです。
勿論、皆さん其々の思いは自由です。

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この記事へのコメント

Mr.ウェブリ
2007年04月22日 02:31
たしかに世界の紛争についてはそう思います。さらに重いテーマは宗教などで逃げ場のない人々を利用して争いに駆り立てる巨悪が世を支配しようとしていることだと思う次第であります。

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