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<<   作成日時 : 2009/12/29 16:25   >>

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画像 ☆ 蓮華草



今年も小さなブログに.ご訪問下さりありがとうございました。
残すところあとわずかになりました。
新年を迎える準備でお忙しい中、恐縮ですがひと言、御礼を申し上げます。

光陰矢の如し。
新年のご挨拶を致しましたのが、ついこの間のように思えるほど、あっと言う間に、年が過ぎ去ろうとしています。
拙い文を書き散らしてきましたが、皆様のお引き立てに支えられこつこつ続けることができました。
心より感謝申し上げます。

この一年特に親しくお付き合いして下さったブログがあります。
以下、感謝を込めてご紹介させて頂きます。
是非、お訪ねになって、時に軽妙洒脱、時に鋭い筆致に触れて下さい。

特に、晴天とら日和様。東京日和@元勤務医様。晴耕雨読様。は.当ブログ解説来お世話になっています。

晴天とら日和様

メチャ好奇心旺盛なオバチャンと、イラストを書くのが大好きな娘の、二人三脚ブログです。ヨロシクネ!

東京日和@元勤務医様

東京の片隅でわんこ(ウェルシュ・コーギー3歳、メス)と一緒に暮らしています。飼い主に似て落ち着きがないのが最近の悩みです。

さくらのブログ様

よちよち歩きのオンブズマン
 “こころに さくらが咲く日が来るように”そんな思いから <さくらのブログ>と名付けました。

(*さくらさんのブログURLは、ご迷惑かと思い載せませんでした。)

多文化・多民族・多国籍社会で「人として」

現在、休眠されています。再開されるのをお待ちしています。

晴耕雨読様

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

雑感 日々思うこと

B層とよばれている一般人なので、人の言葉に操られないようには、注意を払っています。

ひげログ人様

政治・選挙への辛口コメント 言いたい放題 勝手に時事放談中


今回ご紹介できませんでしたが、多くの方々から、トラックバックやコメントを頂戴しました。

(*ご紹介させて頂いたブログは管理人様の許可を貰わずに載せました。きっとお許し下さるでしょう。 笑・汗

改めて申し上げます。

本年中は本当にお世話になりました。
明年も宜しくお願い致します。

皆様が穏やかな新年を迎えられますよう、お祈り申し上げます。

画像
                  ありがとうございました。


                 ☆☆☆☆☆☆☆

 Mandy Barnett - Beautiful Dreamer ( with lyrics )

 [夢路より 夢見る人。作曲/フォスター]

訳詩は著作権云々で載せられませんでした。
私は英語はできませんが、子供の頃に習ったうろ覚えの歌詞の記憶はあります。
でも、音楽は万国共有の宝ですので、メロディーだけで十分堪能できると思います。

                     ***

「金髪のジェニー」
フォスターとジェーン―米国・ケンタッキー州
asahi.com 朝日新聞
http://www.asahi.com/travel/traveler/TKY200702100179.html

スティーブン・フォスターは、小さな星条旗と赤、青、白の3色の造花のバラに守られて、ひっそりと眠っていた。時おり、リスや野鳥が姿を見せるだけで、訪れる人も少ない。

 鉄の都として栄えた米ペンシルベニア州ピッツバーグはフォスターの生まれ故郷。オハイオ川の支流、モノンガヘラ川とアルゲニー川に挟まれた三角地帯を中心に発展した街だ。その郊外にある広大なアルゲニー墓地の一角。隣には両親や親族も葬られている。

 だが、フォスターが作った曲「金髪のジェニー」や「夢路より(夢見る人)」のモデル、妻ジェーン(ジェニーは愛称)の墓は、ここにはない。

 墓地からほど近いピッツバーグ大学のフォスター記念博物館。円形状の室内には、楽譜、作曲に使ったピアノ、日本語の本、「フォスター アメリカの心」などゆかりの品々が多数集められている。にこやかにほほ笑む晩年のジェーンの写真も飾られている。

 ここで11年間、フォスターの研究をしているキャサリン・ヘインズさんは「フォスターや、ジェーンについては分からないことがたくさんあります。子孫がどうなっているのか、手がかりすらないのです」と言う。

 フォスターは10人の子どもの下から2番目。両親や兄姉の保護の下、甘やかされて育った。フォスターが、医者の娘ジェーンと結婚したのは1850年。それ以前のふたりの交際の記録はない。どうして結婚したのか、そのいきさつは分からない。フォスター24歳、ジェーン19歳。

 当時、白人が黒人に扮して、面白おかしく歌い、踊る「ミンストレルショー」が人気を集めていた。フォスターもすでに「おおスザンナ」や「草競馬」が当たり、作曲家としての評価は高まっていたが、楽譜出版に伴う印税やミンストレルショーからの収入が頼り。経済的な自立とはほど遠かった。フォスターも楽譜の権利を安値で、出版社やミンストレルショーの興業主に売り払ったことがあり、金銭面では甘い面があった。

 東部への新婚旅行から戻ったふたりは両親と同居する。父親は半身不随。兄夫妻も一緒に暮らす大所帯。新婚のジェーンにとって居心地がいいはずがない。

 昔も今も嫁と姑(しゅうとめ)の葛藤(かっとう)は、絶えることがない。米国でも同じである。フォスターとジェーンも同じ苦しみを抱えることになった。

 フォスターは母さん子だった。結婚から5年、母親に続き、父親もその後を追うように死んだ。たががはずれた一家は、分散。兄夫婦も家を出て、ジェーンはやっと、念願の家族だけの水入らずの暮らしを手に入れる。

 だがこのころ、陽気なミンストレル音楽から哀愁のあるロマンチックな曲へとフォスターの作風も変わり、ふたりの仲も冷え始める。

 夢見る男の甘く切ない旋律

 スティーブン・フォスターは、その作品のうち、「ケンタッキーのわが家」がケンタッキー州、「故郷の人びと(スワニー河)」がフロリダ州と、米国2州で州歌となっているただ一人の作曲家である。「おおスザンナ」や「草競馬」など、中南部をテーマにした作品も多いが、その舞台となった地域とのつながりは意外と少ない。

 旅には金がかかる。貧乏作曲家には余裕はない。南北戦争が起き、旅行どころではない世情でもあった。

 そんなフォスターが訪ねた数少ない町がケンタッキー州バーズタウン。一帯はバーボンウイスキーの産地として知られるが、人口約1万人、緑豊かなフォスターの町でもある。

                     ♪  ♪  ♪

 目抜き通りはスティーブン・フォスター通りと名付けられている。道沿いのスティーブン・フォスターレストラン。安い上に食べ放題のビュッフェ式だから、人気がある。20分も歩けば、「ケンタッキーのわが家」州立公園がある。夏には野外劇場で、フォスターの半生を描いたミュージカルが上演され、フォスターファンが詰めかける。

 公園の一角にある総2階建ての南部建築の邸宅が「ケンタッキーのわが家」である。

 フォスターが妻子を連れ、地元の名士だった親類の邸宅を訪ねたのは1852年夏。ピッツバーグから6週間の旅だった。

 輝く陽光が降り注ぐ昨秋のある日。「わが家」には各地から、多くの観光客が見物に訪れていた。ヨーロッパの絵画が飾られる豪壮な屋敷だ。ガイドによると、フォスター一家の暮らしぶりは、「親兄弟と同居する息苦しい毎日から、大勢の召使にかしずかれた別世界だったはず」となる。

 フォスターはここで夢のような日々を3カ月過ごし、後に州歌となった名曲を書き上げた。心の故郷である農村ののどかな風景と美しい旋律がみごとに調和、発表後数年で7万部以上の楽譜が売れた大ヒットとなった。


                    ♪  ♪  ♪

 だが、すでに、ふたりが感じ始めていたすれ違いは、この旅行でも修復できなかった。

 甘やかされて育ったフォスターは、夢みる人、空想の世界の人だった。作品の多くは、フォスターが描く架空の世界から生まれた。スワニー川にしても、自分の目で見たことはなかった。

 「夢にみしわがジェニーは ブロンドの髪ふさふさと……」(津川主一(しゅいち)訳)

 こう思いを込めた「金髪のジェニー」を発表したのは54年。フォスターは理想の音楽、理想の女性など「夢を追い続ける」世界に入り込んだ。

 55年の両親の死後、フォスターとジェーンの仲はさらに冷え出す。フォスターは新境地を求めて、文化の中心、ニューヨークに出た。一時は妻子も一緒だった。南北戦争が始まり、世間は音楽どころではなかった。苦しい生活が続き、その後は別居が続く。

 ニューヨークでのフォスターの暮らしぶりもはっきりしない。兄への無心の手紙、ジェーンが孫娘に語った昔話に手がかりが残る程度である。

 フォスターの最期は悲惨である。仕事に行き詰まったフォスターは酒に逃げた。64年1月、ニューヨークの安宿で酔ったあげくに転倒、大けがをし、それがもとで死んだ。37歳だった。ポケットには35セントしかなかったという。ジェーンが最後にフォスターと会ったのはその2年前だった。

 ジェーンや一人娘マリアンらのその後の詳しい消息は不明である。兄のひ孫がワシントンに住んでいたという。名前と住所を手がかりに追いかけてみたものの、そこから先の手がかりはつかめなかった。「アメリカ人は、意外とフォスターを知らないのよね」。手伝ってくれた知人の感想だ。


                     ♪  ♪  ♪

 敗戦のつめ跡がまだ生々しい1947年4月。東京・日比谷の旧帝劇でミュージカルドラマ「ケンタッキーホーム」が上演された。敗戦にうちひしがれた日本人に、明るく陽気で軽快な、ときには甘く切ないフォスターの旋律が生きる力や喜びを与えたことは間違いない。

 この公演や小中学校の音楽の教材として使われたことから、戦後の日本ではフォスター人気が沸騰した。本家の米国より、日本での評価が高い。

 フォスターの死後に発表された作品に「夢路より」があった。バーズタウンの「わが家」近くに、母親から与えられたフルートを手にした夢みるようなフォスター像が据えられている。

 「夢路より帰りて……夢みるはわが君 聞かずや わが調べを……夢路より帰りこよ」(津川訳)

 モデルはジェーン。はるか離れた日本で今なお愛唱される自作をフォスターはどう思っているだろうか。
                             
〈ふたり〉

画像


 スティーブン・フォスター=写真左=は1826年7月4日、独立50周年の記念祝賀行事の最中に、実業家ウィリアムと母イライザの第9子として、米ペンシルベニア州ピッツバーグで生まれた。父親が事業に失敗したこともあって、何不自由なく育ったというわけではなかった。小さいころから、姉の影響で音楽に興味を示し、正規の音楽教育を受けないまま、ピアノ、ギター、フルートに親しむようになった。

 「金髪のジェニー」のモデル、ジェーン・マクドウェル=同右=は、金髪ではなく、「明るい茶色の髪をした愛くるしい女性」だった。結婚の翌年、長女マリアンが誕生、幸せな結婚生活が続くかに見えた。

 フォスターは新境地を開こうと、ニューヨークへ。やがて生活苦から妻子と別居。ほどなく南北戦争(1861〜65年)が勃発(ぼっぱつ)し、米社会は大騒乱に陥った。アルコール依存症が進み、宿で転倒した時のけががもとで死亡、37年の短い生涯を終えた。  文・植木裕光 写真・大野明 (02/10)



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タイトル (本文) ブログ名/日時
「関係者」と書くマスコミの打算
  もう、今年も残すところ2日となり、「酒を片手に」部屋の片づけをしているのだが、ジタバタをしている割には進まないし終わらない。 まぁ〜、終わらなかったら終わらないであきらめちゃえばいい話でそれよりは、腰を落ち着けて酒を呑んでいたほうが幸せだろうと思えてくるのも、年末という状況だからだろうか? イザ!で「政界の世迷言」などというタイトルの記事が載せられていた。思えば今年もいろいろな出来事があったわけなのだが、今年のマスコミの実態というか、いい加減さというかを一番あらわした記事は、先日の毎日の記事... ...続きを見る
雑感
2009/12/30 19:48
ありがとうございました!
  当  ブ  ロ  グ  へ  の ...続きを見る
晴 天 と ら 日 和
2009/12/31 15:26
いよいよ、今年もおしまいですね
  今年も、一年いろいろお世話になりました(・・。)ゞ 年末のご挨拶 posted by (C) 皆様も、よい年をお迎えください。 また、来年遊びにいらしてください o(^-^)o ...続きを見る
雑感
2009/12/31 19:46

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
どうぞ、よいお年をお迎え下さい!
来年もヨロシク!
とらちゃん
2009/12/31 15:05
とらちゃん。
ありがとう!
とらちゃんも良いお年をお迎え下さい。
来年も宜しくお願い致します。酔語。
酔語
2009/12/31 16:46
昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。
ブログの更新もままならないまま、また一年が過ぎてしまいました。
酔語さまに、負けないよう頑張って更新していきたいと思っています。
今後とも、よろしくお願いいします。
ひげログ人
2010/01/02 16:02
爆笑問題の終焉
爆笑問題という人気お笑いコンビがいます。ちょっとシュールなネタで、どちらかといえば斬新なイメージで売り出し、ボケ役でリード役の太田光は「憲法9条を世界遺産に」の共著をするなど、右傾化する世相に反対する立場かと思われました。
しかし、最近は植草先生も指摘されるように、「太田総理の云々」という番組は、偏向番組のひとつになっており、まさに現政権の足を引っ張る存在となっています。
今日、テレビ朝日のお笑い番組で、すっかり大御所気取りでトリをとった彼らのネタは、なんと「政治ネタ」でした。相方の田中が民主党のお金の話などを持ち出し、それに太田がボケでからむ、というストーリーでしたが、田中は「でも民主党も何かと問題がありますからね」とはっきり言っていました。
このやり取りを聞いていて思い出したのは、コロムビアトップライトの漫才です。彼らは、寄席でもテレビでも、「今の政治はここがおかしい」というネタをいつもやっていましたが、トップさんは参議院議員になってしまいました。しかし、今日の爆笑問題との大きな違いは、トップさんは「二院クラブ」で青島幸男氏らと行動をともにし、あくまで反自民を貫いたことです。
今日の彼らのネタを見ていて、トップさんのような反権力を貫く信念のようなものは、微塵も感じられなかったことです。政治ネタは、覚悟が要りますが、その覚悟は彼らにはないでしょう。
歌謡界におけるSMAPの賞味期限切れと同様、お笑い界における爆笑問題の賞味期限切れを感じました。今やすっかりフィクサー気取りの島田伸介と同じ道を歩むのかと、少し残念ではあります。(つづく)
かん
2010/01/02 20:14
(つづき)
しかし、マスコミの皆さんが、自滅寸前のジミントーや小沢一郎氏に色目を使い始めたという創価学会関連政党とつるんでいては身の破滅だという事に気がついて方向転換をしたときに、ヘタレ政党の片棒を担いでいて干されることになるという展開もありますから、その時に自分たちが何をしてこうなったか(干されたか)わかるででしょう。
ことしは、こういうヘタレの片棒お笑い芸人が淘汰される年になることを、願ってやみません。

さて、年も明け正月2日となりました。
ことしもよろしくお願いします。
この場を借りて、とらちゃん、ありがとうございます。いつも読んでますよ、新聞代わりに。(私はほんとうに新聞を取っていませんが、皆さんのブログの方が役に立ちますし、情報が的確です。)
皆さんがんばってくださいね。

かん
2010/01/02 20:19
ひげログ人さん。
明けましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました。

北国はこれから益々厳しい寒さに見舞われるのでしょう。私には想像もできません。
でも、北国の人こそ春の喜びを真実知っている人だと思います。お体に留意して冬を乗り切って下さい。

今年こそ!万人挙って春を迎えられる年にしましょう。そうなって欲しい。
ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。酔語。
酔語
2010/01/02 20:29
かんさん。
明けましておめでとうございます。

正月ですので怒りは飲み干しましょう。以前の漫才は真の芸能でした。最近は売り手に乗せられて買い手が右往左往しているようですね。でも、ちょっと怖い現象でもあります。テレビをあまり見ない私がストレスを感じないのかも。

とらちゃんは女傑です。私もフアンです。応援して下さい。
かんさん。
良き年になるようお祈りしています。酔語。
酔語
2010/01/02 20:54

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