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zoom RSS 5/10 日曜日・・平和を語る森光子さん。

<<   作成日時 : 2009/05/10 13:32   >>

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画像 * ひまわり 「あこがれ」


「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」
作家 林 芙美子さんはご自身の残した名言の通り、波乱の生涯を47歳で閉じました。

その林さんの作品 「放浪記」 は9日、2000回と言う偉業を成し遂げました。
61年初演来、主演を続けてきた森光子さんもこの日、89歳の誕生日を迎えられたそうで喜びが重なりました。

「もっと表現の豊かな女優になりたい」
舞台で挨拶した森光子さんにエールを送ります。

森光子さん「放浪記」2000回、89歳の誕生日に
5月9日20時17分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090509-00000772-yom-ent

 女優の森光子さんが東京・日比谷の帝国劇場で9日、舞台「放浪記」の主演2000回を達成した。

 1961年の初演以来、作家、林芙美子の生涯を一人で演じ続け、48年かけて前人未到の大記録を打ち立てた。

 この日、89歳の誕生日を迎えた森さんは、カフェで歌い踊る場面では軽やかに高く足を上げ、客席から感嘆の声が上がった。

 終演後、王貞治さんや中村勘三郎さんらが客席から祝福したのに応え、「もっと表現の豊かな女優になりたい」と、記録更新へ意欲を見せた。

          *** 

【今、平和を語る:女優・森光子さん】

森光子さんのインタビュー記事です。貴重な体験から平和の尊さを教えてくれます。
森さんはインタビューを.こう結んでいます。
 森 私たちの時代は戦争で青春が真っ暗でした。戦争を体験してきた者として、幸せの根底にあるのは平和で、平和がすべての礎だということを声を大にして言いたい。

 「放浪記」だって、平和だから演じ続けられるし、お客さまにご覧になっていただけるのだと思います。平和でなければ、誰も幸せになれないのです。

 −−最後に次代を担う若い人たちへのメッセージを。

 森 どんなことがあっても、平和を手放してはいけません。あなたたちの手で、あなたたちの純粋な心で、この平和をずっと守り続けてください。

ご一読願います。

今、平和を語る
毎日新聞 2009年1月26日 大阪夕刊
http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/talk/news/20090126ddf012070018000c.html?inb=yt

今、平和を語る:女優・森光子さん

 ◇幸せの根底に多くの命

 女優の森光子さんが半生を著した「女優 森光子」(集英社)を刊行した。89歳の誕生日を迎える5月には、「放浪記」の上演回数が前人未到の2000回を迎える。「演じられる幸せの根底にあるのは平和です」と語る森さんに、戦時体験の数々を聞いた。<聞き手・広岩近広>

 ◇真っ暗だった青春時代…戦争をしてはダメ

 ◇歌の発禁、見せしめの検挙…自由のない悔しさ。慰問の前線で人形を贈り見送った帰らぬ飛行士。輸送船の撃沈や空襲に遭い悪夢のような日々。偉い人の芝居や「玉砕」に騙されて、皆が犠牲に。


 −−いとこに当たる嵐寛寿郎さんの「寛プロ」に所属して、14歳でデビューされたのが1935(昭和10)年2月ですから、まさに軍事色が強まっていく時代でした。

 森 13歳のときに両親を亡くしたうえ、兄が南方戦線で戦死したので妹と二人だけ残されたのです。食べていくために必死でした。

 寛プロが解散した後は新興キネマ(後の大映)京都撮影所で、3年半に40本くらい映画に出ました。時代劇の娘役がほとんどです。でも昭和14年に映画法ができてから、軍の意向に沿った内容を求められたため製作本数が限られてきました。それで歌手への転身をめざしていたら運良くレコーディングの話がきました。昭和16年のことです。

 曲名は「白衣の勇士を送る歌」で、試聴盤もできたのに、歌詞がセンチメンタルすぎると内務省の検閲にかかり発売禁止になったのです。負傷した兵隊さんが治療を終えて再び戦場に戻る際、お世話をした看護師さんが見送る心情を歌ったのですが、これがダメだと−−。

 愛や恋といった心の内にまで、国がずけずけと入ってきて指示するなんて、今では許されないことです。それは悔しかったです。

 −−悔しいといえば、「放浪記」の舞台と重なる出来事がありました。舞台の林芙美子が木賃宿で売春容疑で検挙されたように、森さんもそのような目に−−。

 森 新興キネマ時代に、何人かの女優さんと一緒に警察に検挙されたのです。それも売春容疑だというので、「身に覚えがありません。お医者さんを呼んできちんと調べてください」と強く抗議しました。思い当たることといえば、知り合いの同志社の学生さんにたまたま出会って京都駅の2階にあった喫茶店に入ったことくらいです。

 洋風文化を好ましく思わない人たちが、見せしめに芸能人を検挙したのだと思います。夫婦が腕を組んで歩いてもダメだという、自由のない軍国主義の時代でした。

 −−お国のためにと、芸能人は慰問という役目を押しつけられました。

 森 軍隊に恤兵部(じゅっぺいぶ)という部署があって、兵隊さんを慰労する慰問団を統率していました。上京した翌年の昭和17年の春に、歌手の東海林太郎先生が団長の外地慰問団に加わり、朝鮮半島を北上して満州を回りました。前座歌手の私は持ち歌がありませんので、兵隊さんの希望を聞いて歌うのです。

 どこに行っても兵隊さんは感傷的な歌を希望しました。内地ではやっていた「愛国行進曲」や「日の丸行進曲」ではありません。内地で発売禁止だった高峰三枝子さんの「湖畔の宿」がだんぜん多く、私は一生懸命に歌いました。背筋をぴんと伸ばして静聴してくれた兵隊さんの多くが戦死したのではないでしょうか。痛ましくて、悲しいですよね、戦争って。

 −−ジャワ島では目を覆いたくなるようなことも。

 森 私たち慰問団が通るとき、地元の人たちが土下座して迎えるのです。土下座しろ、と誰かが命じたのでしょうが、日本人って尊大だと思ってつらかったです。20代の若い少尉が一軒家や車を持っていましたが、内地の窮状を知っているだけに、義憤に駆られたものです。

 −−悲壮な「お見送り」も体験されました。

 森 前線のティモール島に行ったときですね。夜明けに起こされ、「お見送りをしてください」と言われたのです。しんと静まりかえった暗闇のなかに飛行士が立っているのですが、顔や表情はわかりませんでした。

 慰問団の人が「帰りの燃料を積んでいないのでは」とささやいていたので、私は持ってきた小さなマスコット人形を飛行士のベルトに付けて差しあげました。叱(しか)られもせず、みんな沈黙していました。もう帰ってこないのだと思うと、胸がちぎれそうで、涙があふれてなりませんでした。今も忘れることができません。

 −−昭和18年の夏にはシンガポールへ行かれますが、3カ月の予定が8カ月にも及んだそうですね。

 森 海軍の恤兵部の部長さんが「戦局は悪くないので安心して、お国のためにしっかり働いてください」とおっしゃるのを信じて浅間丸という輸送船に乗りました。5隻の船団でしたが、なんとその日の夜に1隻が魚雷で撃沈されたのです。私たちの乗った浅間丸は台湾の方へ逃げるだけでした。

 それからは慰問中にも、たびたび空襲に遭いました。今まであった建物が消えてなくなってしまうのですから、あの怖さは体験した者でないと分からないでしょうね。悪夢のような日々でした。恤兵部の偉い人が、心配するに及ばないと言ったのは、堂々と芝居をしていたからだと後で気がつきました。

 騙(だま)されていたのです。騙すといえば、玉砕という言葉もそうでした。玉と砕ける、このきれいな言葉に私たちは騙されました。とんでもない言葉で、師団長以下の全員が死んでしまった……。みんな戦争の犠牲者だったと思います。長い戦争が終わったとき、正直言って、ほっとしました。

 −−新刊の「女優 森光子」に、「戦争だけは何があってもしてはいけません」という語録が収録されています。

 森 私たちの時代は戦争で青春が真っ暗でした。戦争を体験してきた者として、幸せの根底にあるのは平和で、平和がすべての礎だということを声を大にして言いたい。「放浪記」だって、平和だから演じ続けられるし、お客さまにご覧になっていただけるのだと思います。平和でなければ、誰も幸せになれないのです。

 −−最後に次代を担う若い人たちへのメッセージを。

 森 どんなことがあっても、平和を手放してはいけません。あなたたちの手で、あなたたちの純粋な心で、この平和をずっと守り続けてください。(専門編集委員)

■人物略歴

 ◇もり・みつこ

 1920年京都市生まれ。京都府立第一高等女学校中退。35年のデビュー以来、多数の映画・舞台に出演してきた。「時間ですよ」(TBS)などのテレビドラマにも数多く出演、ワイドショー「3時のあなた」(フジテレビ)の司会を14年間務めた。61年の芸術座初演から「放浪記」で主役の林芙美子役を演じ続けている。91年に毎日芸術賞、98年に文化功労者、東京都名誉都民、05年に文化勲章を受章。

                   *****

今、日本は平和を謳歌していますが、歴史の上では.ついこの間まで.軍事力を背景にした覇権国家だったのです。幸い日本は戦後、戦争を放棄して.経済で国を建てることに成功しましたが、世界では権力者のエゴで苦しめられている人々が多くいます。禍福は糾える縄の如しと言われるように、人類も争いと平和を繰り返してきました。

人の欲は庶民の小さな欲から権力の大欲・強欲まで様々です。権力がエゴを剥き出して突き進めば庶民のささやかな欲は踏みにじられてしまいます。国同士のエゴがぶつかり合えば戦地へ駆り立てられてしまいます。

庶民の小欲(平和)が権力の大欲に勝つには大同団結するよりありません。この一点はどんなことが遭っても守り抜かなければなりません。権力は巧みですので、道徳も宗教も扇動の道具に利用し、最後は問答無用で強制します。そして、諦めの境地に追い立てられた人々は 家族,そして.自身を守るために進んで協力せざるを.得なくなってしまうのです。

この国だって平和を希求している人ばかりではありません。危ういバランスの上にあるかも知れないのです。
何かの拍子で箍が外れると、今の平和は戦争劇の幕間の寸劇、一場の夢で終わってしまう。

森さんは最後にこう語ってらっしゃいます。
 森 どんなことがあっても、平和を手放してはいけません。あなたたちの手で、あなたたちの純粋な心で、この平和をずっと守り続けてください。

森さんから見れば私は子供のような者です。私たちは先人の体験に裏打ちされた真実の言葉を腹に据え、平和を守り続けてゆく責務があります。

少し むしむし.する日曜日の午後。貴重な時間を.お取りしました
画像 ありがとうございました。



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