☆ はぐれ猫?散歩中に見かけたました。 近所に馴染みの猫が2,3匹いる。飼い猫かノラちゃんか? 路地に寝そべっていたり、理由は分からないが塀の上を抜き足差し足忍び足で歩いていたりする。 時折我が家にも「ぬっと」現れて驚かされる。 窓から「ぬっと」覗き込む猫にビックリさせられることはあるが、ノラちゃんは一通り眺め回すと帰ってゆく。 縄張りをパトロールをしているのだろう…。 ☆ 猫は可愛いものだが、だみ声で、べらんめえ口調のとても可愛いとは言いがたい御仁が現れた。 この御仁が戸口に「ぬっと」立っていれば腰を抜かすほどビックリするだろう…幸いなことに戸口に現れることはなかったが、鐘や太鼓を喧しく打ち鳴らす一行と共に連日TVで拝顔させられた。 その御仁(麻生首相)が本日、就任初の所信表明をした。 首相は、「喫緊の課題についてのみ主張を述べる。その上で民主党との議論に臨む」と強調。 民主へ五つの逆質問をし、対決姿勢を露わにした。 (1)国会での合意形成のルールを作る用意はあるか (2)20年度補正予算案に反対なら、財源を明示して独自の案を示せ (3)消費者庁創設のための話し合いに応じるか (4)日米同盟と国連のどちらを優先するか (5)海上自衛隊によるインド洋での補給支援活動から撤退してもいいのか :**【麻生首相所信表明演説】「強く明るいに日本に」 民主党との対決姿勢強調** 9月29日14時34分配信 産経新聞→全文 ****************** さて、汽笛を鳴らし錨を上げた途端、操船仕官の一人中山氏が自爆した。 麻生船長は錨(怒り)を下ろすことが出来ない。がっくりしているだろう。 所信表明はデビューの晴れの舞台だ。 任命責任はある。国民各位にお詫びすると述べ、事態の収拾を図った。 当の本人(中山先生)は意気軒昂。確信的に言った。辞任は覚悟の上だと嘯き、火の玉になる、と言う時代掛かった台詞を吐き、言葉狩りだと逆切れしている。 暴言ー謝罪・撤回ー撤回しないー辞任。 会見では、 まずは「(一連の発言について) 『よく言ってくれた』 『辞めるな』 という山のようなメールをいただき、電話が深夜まで鳴り続けた」と自身の発言の意義を強調した。 辞任の理由について「臨時国会の審議にいささかの支障があるとすれば私の本意とすることではない」と説明した。 ☆ 任命した時は適任だったそうだ。入閣するや否や所管事項でない越権発言を繰り返し、TVを利用して持論をぶち上げるアジテーターに変身した。 行政改革相は役人出身なので役所を改革するのは嫌だと拒否した。 国土交通相なら地元宮崎のために十分人肌脱げた筈だが……。 確信犯ですと本人が言っている如く、行政改革は嫌、宮崎県民のための道路も知らん。 大臣になれば発言は全国に喧伝される。正に確信犯だった。 今頃、一石を投じた積もりでご満悦かも知れない。 適材適所で起用した仲間にいきなり後ろから撃たれてしまった麻生総理大臣、就任後初の所信表明演説という晴れの舞台を汚されてしまった。 すばやく対応したが思惑通りに奏功するか不明だ。 ************* さても名門、財閥の御曹司の太郎さん。 TVに移る姿は実像なのでしょうか、虚実綯い交ぜになった不思議な方と、お見受けした、 俺は寂しい「やさぐれ男」さ、と自嘲しているかも知れない。 TVに映るタロさんの表情は曲折した人生の歩みが刻まれているように見える。 大金持ちが故、貧乏人を羨む気持ちと蔑む気持ちとが交差した日々があったのではないか。 頭の中が錯綜して鬱屈した日々もあったのだろう。 だが、彼に選択の余地はなかった。 本人も若様・坊ちゃんと崇められる居心地の良さを捨てる勇気はなかった。 代々受け継がれてきた欲望の遺伝子から逃れることが出来ない宿命なのだ。 太郎坊も小泉・安倍・福田氏同様、国民と痛みを共有してきた人ではない。 国民が豊かになるような国にしたいと志して政治家を目指したのではない。 ある登山家は何故山に登るのか、と問われ「そこに山があるからだ」と答えた。 太郎坊始め世襲の議員に聞けばなんと答える? 「家が政治業だからだ」…が本音だろう。 富とステータスが約束された自営業はそう多くはない。 労せずして手に入れた地位はご先祖のお蔭である。 お家の存続・繁栄が最も大事で最優先が掟であり、務めなのだ。 「改革も美しい国も。希望と安心も強く明るくも」、お抱えのゴーストライターが書き、お抱えの振付師の指示通りパフォーマンスを繰り広げているだけなのだ。 彼らは政治家を演じているのであって、真の政治家ではない。 国民は放って置かれて当たり前なのだ。 ☆ 「やさぐれる」この「やさ」は彼等の帰るところ、彼らの故郷−心です。 役者は公私を演じ分けられますが、彼らは何時も政治家を演じ続けなければならない宿命です。 プライドが保てなければ終わりだ。これが家訓です。 彼らは「やさ・本心」からはぐれて御家に殉じなければならない宿命なのです。 徒労坊(失礼、太郎坊)に戻しますと、遅れてきた御曹司とでも言いましょうか…。 歌は世につれ世は歌につれ。政治家も同じです。互いに影響し合っていると言えます。 大好評だった御曹司もいれば、さっさとお国帰りした殿様もいる。 自公は今や大海の中の小さな井戸になってしまった。 井戸の蛙は大海では生きられない。 ババヌキゲームのババを最後に(引いた)引かされたのが麻生太郎だったのかも知れない。 今、有頂天の太郎坊、明日は福岡飯塚無宿の太郎坊になるかも知れない。 金持ちが故、そのプライドが故、寂寥感は,一入 身に沁みるだろう。 ☆☆ 今日は一日、しとしと雨が降ってました。 気温も上がらず肌寒い一日でした。 自公政権の国家運営はもう破綻しています。 御曹司は政権与党に居られなくなっても、地元ではその財力で殿様でいられます。 小さな口利きや斡旋、遠い昔からの しがらみ を断ちましょう。 恩義に感ずる必要はありません。 彼らはその数倍。数十倍の富とステータスを手に入れているのですから……。 失礼しました。 |
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「学校教育」&「企業研修」そして「メディア発信」こそが“マインドコントロール”である
カルトに対する批判は、行為そのものではなく、“マインドコントロール”で語られることが往々にしてある。 ...続きを見る |
晴耕雨読 2008/09/29 23:00 |
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