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酔語酔吟 夢がたり
「田園」
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作成日時 : 2008/09/27 19:29
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夕空晴れて…
☆
朝は秋晴れでした。気温もちょうど良い散歩日和でした。
のこのこ 歩いていますと「これ上げる」と幼児が手を広げました。
「ありがとう。いいの?」
傍でお母さんが笑っていました。
三つ頂きました。
気前の良い幼児の小さな「どんぐり」を、早速小さな皿に盛ってTV台に飾りました。
☆
田園
☆
我が町は南に大平野を望む山々の裾野に東西にに伸びた小都市です。
大都市にコバンザメのようにくっ付いている他の町と同様、「ごっちゃ混ぜ」の美に彩られています。
背後の山の頂上近くまでマンションが立ち並び、裾野は道路が縦横に走り、住宅・商店が犇めき、かつて小さな平野を彩った田園の名残りは道路や住宅・商店の隙間の小さな小さな田畑が留めているだけになりました。
他にもあります。処々に点在する池や小川、切り倒されないで伸び続けている木々など、田園の恵みを受けてきた証しが残っています。
眼に見える景色は失われましたが、心象風景が消え去ることはありません。
何時の日か「きっと」蘇ることを願っています。
☆☆☆
都会の片隅で育った私は田園を知りません。(この町に来たのは20数年前)
あちこち「うろうろ」しましたが、その時々の景色に魅入られただけの単なる旅行者に過ぎませんでした。
四季の移ろいの光と影、喜びと苦労に思いを馳せる心の広さもなく、手前勝手に感動していました。
今もそうですが……音楽や詩歌に触れますと平生の我が身を忘れ、心が揺さぶられます。
都会の片隅の子供(私)に初めて感動をくれたのが「ベートーベンの田園」でした。
以下は、かなり以前のブログです。
(少し書き直しました)
【行雲流水 「田園」♪♪〜 】
『諸君、喝采を、喜劇(お芝居)は終わった』
「楽聖」ベートーヴェンの辞世の言葉です。
私がベートーベンを知ったのは中学2年の頃です。
ガキ大将だった私はろくに授業も出ないで、遊んでばかりだったが担任の強い指導で渋々授業に出るようになった。その最初の授業が音楽だった。
その時の授業で聞いたのが「交響曲6番 「田園」である。
勿論クラっシック音楽というものを生まれて初めて聞いた。
それから何年か後、ある喫茶店で流れていた曲が「田園」だった。
その偶然の出会いがその後、私がベートーベンを好きになった理由だ。
中2の時のたった1回しか聞いていない「田園」を、「あの時の曲だ」と、直ぐに分かったのが不思議だった。
が、その後有名な 「運命」 や 「第九」 「英雄」 などの交響曲。「悲愴・月光」などのピアノソナタに触れるうち 「何故?」 が氷解した。
ベートーヴェンの音楽は「聞く者の魂に「無理やり入り込んで揺さぶり続け、悩ませる」何か,があるのだ。
一度聞いた者に「何にか不思議なメッセージ」を記憶として植え付けて往く。
中2の私の脳内もベートーヴェンのメッセージを記憶していたのだろう。
と言うことで、「田園」は今も私の最も好きな曲の一つです。
☆
ところが私はベートーヴェンの生涯や人となりは人口に膾炙していることしか知らない。
あくまでベートーベンの音楽が好きなだけである。
彼が残した9つの交響曲のなかで一番好きなのは「田園」である。
評論家によると、最も易しく親しみやすい曲だそうだ。素人の私には丁度いいのかも知れない。
だが、私がたまたま聞いた評論家の言はベートーヴェンファンとしては受け入れられないものだった。
楽章毎の解説と聴き方を説いていたが、評論家個人の感性を押し売りするのは可笑しい。
またある時は、テレビで、ベートーベンの音楽をあまり評価していない口ぶりの評論家も観た。
思わず「評論屋のくせに」と突っ込みをいれてしまった。
易しいと言われる「田園」。そうだろうか?
低音から始まる重層音は「ひたひた」と忍びより「、どんどんどん」と魂を打つ。
幾重にも重なった音がはち切れると同時に、いきなり大爆発を起こす。、
そしてまた新しい音が生まれ、これでもか!これでもか!これでもか! と、どんどん、どんどん切り上がって行く。ハラハラする聴き手が「もういい!」と、思うのに合わせたか のように、一瞬の後。静寂が訪れる。
やっと訪れた静寂に耳を澄ませば、軽やかで甘美なメロディーが偲びよる。
聴き入る人々の想像力は無限に広がるのだ。
「6番・田園」は、「夢か現か幻か」我々を色んな世界へ誘ってくれる詩です。
人々の魂を揺さぶり続けるベートーヴェンの音楽は、我われが辿った道(或いはその途上)を奏でているのです。
永遠に人々の魂を揺さぶり続けるでしょう…永遠に。
☆
私はベートーベン以外に作曲家に疎いですがモーツアルトなら聞いたことがあります。
モーツアルトは神童・天才です。
彼は次から次と泉のようにメロディーが湧き出る頭脳の持ち主です。
交響曲一つを3日で書き上げたと言われているが事実でしょう。
両人とも家庭的にはあまり恵まれなかったと言われていますが、
二人が残したものは永遠に人々を魅了し続けることは間違いありません。
1791年 天才モーツアルト永眠。
葬式には誰一人参列しなかったという……悲しい。享年35。
1827年 ベートーベン永眠。
葬儀には3万人が駆けつけたという。 享年56.
☆☆☆
私はクラッシック音楽には無知です。
でも、私にだってすんなり聴ける曲もあります。
何でもそうですが小難しく能書きを垂れるお節介がいますが、あまり影響されないようにしましょう。
それより身近な人の実感に裏付けられた情報に耳を傾けましょう。
で、ちょっと押し売り。
ベートーベン以前の音楽はBGMの要素が多かったのでは?と素人の私は思っています。素晴らしい音楽は社交界を彩る一つの装置だった?気がします。
でも、それでこそ音楽が発展したのでしょう。
音楽を芸術に高めたのは、偉大なモーツアルトでもバッハでもありません。
ベートーベンだと思います。
芸術は上流や取り巻き、一部の訳知りのものではありません。
多くの人々が感動するものが芸術です。
訳知りの講釈なしで聴けば「ベートーベン・田園」は,す〜と染み入ります。
是非一度お聴き下さい。
☆ 音楽は不可思議です。
一人一人の心が素のまま表れます。
世情が不安定なこの頃、
勇気付けてくれる曲は沢山あると思います。
思いますが…「田園」も聴いて下さい。
「知・情・意」を刺激してくれます。育んでくれます。
秋の夜長、親子、恋人、ご家族でお聴き下さい。
押し売りでした。ご容赦を。
失礼しました。
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