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最近下駄を履いている人を見かけなくなりました。 でも、下駄は水面下で流行していたのですね。 色んな世界で色んな下駄が流行り、泣き笑いがあるのでしょう。 だが、決して履いてはならない、履かして貰っても許されない下駄を巡る汚職事件が発覚しました。 こっぽりを履いた可愛い子供の足を,金で買った高下駄で踏みにじった欲ぼけ大人の事件です。 ☆ 教員汚職事件で揺れる大分県のほとんどの小学校で、今日始業式が行われました。 子供たちはこの事件をどう受け止めているのでしょうか…。大人は子供たちにどのように説明するのでしょうか…。 日ごろ道徳、道徳と煩い大人・先生方はこの醜態を総括し贖罪し、一心に真心をもって子供たちと向き合って頂きたい。 ただ単に「がんばろうね」「だいじょうぶ」と頭を撫で撫でするだけでは駄目だ。 世の先生と言われる人々に、この事件を道徳の教材とすることをお願いする。 常々子供たちに人の道を説いてきた人々は、教職を金で買うという行為がいかなる強欲から生じたのか詳らかにしなけれなならない。 この事件は単なる汚職事件ではない。国の宝・子供たちへの冒瀆である。 繰り返しますが仮面を被った訳知りが徳を説いてはならない。金で買った職で徳を説かれたのでは子供たちはかなわない。大人は享楽をむさぼりながら、子供に徳を強いる。成長した子供たちはやがて不条理に気付く。 そして、不条理だと思いつつ自らも飲み込まれ、忘れてしまうのだ。 そして、そして…徳なき者が次々再生産されて行く……… 万物の霊長だと自負する人間の本能かも知れない。 【児童に「大丈夫だから」=教頭免職の小学校で始業式−汚職事件の大分】 9月1日8時57分配信 時事通信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080901-00000016-jij-soci 大分県教育委員会の教員採用・昇任試験をめぐる汚職事件で、矢野かおる被告(51)=贈賄罪で起訴=が教頭を務めていた佐伯市立重岡小学校(山城豊校長)で1日午前、始業式が行われた。矢野被告の懲戒免職により空席だった教頭職には、奥田悦生教諭が着任した。 集団登校する児童の中には硬い表情で足早に校内に走り込む姿も。保護者が車で送り届ける光景も見られた。校門前には教職員が旗を持って立ち、「大丈夫だからね」と肩に手を当てたり、「夏休みの自由研究、すごいね」などと声を掛けたりして、児童をかばうように校内へ入った。 【採用取り消し教員「改ざん知らなかった」】 多数2008年8月30日23時45分 http://www.asahi.com/special/08008/SEB200808300009.html?ref=recc 08年度の教員採用試験で得点の改ざんにより不正に合格した教員の採用を取り消すことを決めた大分県教育委員会は30日、職員らが対象者のほぼ全員と個別に面談し、取り消しについて伝えた。多くの教員は自分の得点がかさ上げされた事実を知らなかったと話し、「納得できない」と反発する声も上がったという。 不正に合格したとされるのは小学校14人、中学校6人、養護教諭1人の計21人。 県教委によると、このうち元小学校長、浅利幾美被告(52)=贈賄罪で起訴=の長男で既に辞職した元教諭(26)を除く20人のほぼ全員と面談し、改ざん前の本来の得点を示したうえで採用取り消しの方針を伝えた。上司の校長や教頭、市教委職員らも同席した。対象者の多くは、自分の得点が改ざんされていたことを「全く知らなかった」と話しているという。 県教委は自主的な退職も勧めたうえで、納得が得られない場合でも採用を取り消す。ただ、本人が希望すれば臨時講師として雇用する。面談ではこうした方針も伝えたが「(取り消しは)受け入れられない」と反発したり、動揺して泣き出したりする人もおり、この日に結論を出した教員はいなかったという。 県教委は9月上旬をめどに採用を取り消す考えで、近く再び面談して本人の意向を確認する。 また、県教委は31日に臨時委員会を開く。昇任の謝礼などの趣旨で元県教委幹部に商品券を渡したとして、贈賄罪で在宅起訴された同県佐伯市立小学校の男女2人の教頭や、起訴猶予処分になった同市立小の女性校長の懲戒処分について協議する。一連の事件に関与して不在になっている教頭らの後任も決める方針。 =========== ![]() ![]() 信頼=???上の記事は色々示唆して面白い。 この合格者親子の関係はどうだったのか、今後どうなるのか? 人様のご家族関係に立ち入るのは非礼ですので、あれこれ想像はするのは止めます…… さびしさに 宿やどを立たち出いでて ながむれば いづこもおなじ 秋あきの夕暮ゆふぐれ ---良暹法師 毎度、百人一首の歌を引き出して恐縮ですが、不正合格を取り消された親子には隙間風が吹いているでしょう。「知らなかった」という子供?たちも,怒りより寂しさの方が大きいでしょう。 法師が詠んだ いずこも同じ夕暮れとは違いますが寂しさを感じているでしょうね。 下駄を履くまで分からない。 本人の知らない内に高下駄を購入していた。 知らずに履かされていた。 共に憤っているでしょう…何処に?…何処にでも良いですが先ずは子供たちへ語りかけるべきでしょう。 まあ、取り消しを不服として訴訟に出る人もあるかも知れない。 訴訟が奏功して身分が回復されても己が心の寂しさは回復されることはないでしょう。 でも、建前の社会ですから闘おうという人は闘ってください。 勝負は下駄を履くまで分からない。??? どうもこの国の大人も健全な子供を育もうと言う気概が足りないように思える。 自身と同じような物を拡大再生産することに熱心で、社会が蝕まれて行くことに関心がないようだ。 言い過ぎ?…ですか? ☆ だらだら長くなりました。 本当は次の記事の感想を書きたかったのですが、横道に入り込んでしまいました。 記事のご紹介だけに致します。 何れ機会があれば改めまして述べさせて頂きます。 失礼しました。 【日当トウモロコシ500gの教師と、年俸10億円のCEO】 2008/08/29(金) 16:03 サーチナ・中国情報局 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0829&f=column_0829_006.shtml 国家統計局による「労働者の平均賃金が上昇した」という発表をつい先日耳にしたばかりの私の目に飛び込んできたのは、代理教師(正規の師範教育を受けた教師ではないが、農村地域で正規の教師が不足している場合、正規の教師の代わりに教鞭をとる教師)の報酬が1日あたり500グラムのトウモロコシで賄われているというニュースだった。中国の田舎の貧しい地域では、小学校の教師の月給が40元(約600円)というところもある。あまりの待遇の悪さにいささか時代錯誤な感じもするが、これは大してめずらしい話ではなく、さらに悲惨な現実があるようだ。 この教師は、貴州省羅甸県の油落小学校で13年間教鞭をとっている李茲喜先生で、地元紙である「貴州政協報」の7月29日の報道によると、李さんの年間を通しての給与は、生徒の保護者達によって賄われた182.5キロのトウモロコシであったという。貴州省羅甸県のトウモロコシの市場平均価格を500グラム8角(約12円)であるから、月給にして24元(約360円)ということになる。 李さんは、19歳から村の学校教育全てを任されており、教師であると同時に校長でもあり、また用務員としても働いているという。教鞭をとるほか、子供たちのために山を下って水汲みをしたり、学校の経費が足りない時などは、財産である家畜の豚を売るなどして、なんとか都合していた。そのため、彼の家は困窮し、時には、唯一の収入であるトウモロコシを、生徒の保護者から「前借り」することもあったという。 普段の生活において、この李先生のような人々の存在とは無縁に何十倍何百倍もの収入を得ている私たちの生活が、何か申し訳ないような、一種の罪悪感のようなものを感じざるを得ないのはなぜだろうか。李先生のような境遇を生み出す根源である政府上層部は、一体どんな顔をしてこのニュースをみているのだろうか。 こんな時代にありえないような、想像を絶する貧困が、同じ社会のどこかに巣くっていることを知ってほしい。 国家統計局による「労働者の平均賃金が上昇した」という発表にも関わらず、人々は相変わらず自分の給料が上がらないことに不満を抱いているようだ。これは、自分の仕事に対する貢献が給料以上だと感じているということだろう。 中国平安保険の馬明哲CEO(最高経営責任者)兼総経理の年俸は6000万元(10億円)だという。これに対して、馬総経理は「私の会社への貢献は、この年俸に相応しいものだ」と公言したことがある。しかしトウモロコシ日当500グラムの彼らは、なぜその働きに相応しい報酬をもっと強く願わないのだろうか。それは、彼らが代理教師という不安定な身分にあることも関係しているかもしれないが、それ以上に教育という偉大な事業に真の熱意を持っているからなのかもしれない。 総経理の座は、まずもって要員に欠くことはないだろう。しかし代理教師はそうはいかない。彼らがいなければ、農村の、特に貧困地区の子供たちは教育を受けられる場を失ってしまうからだ。正規の師範教育を受けた教師で、わざわざ山深い農村で教鞭をとりたいという人はかなりの少数派だ。代理教師というからにはそれなりの知識や学歴は持ち合わせているのだし、都市に出稼ぎに出て清掃員でもやれば、少なくとも今の数十倍の収入は得ることができるだろう。それでも代理教師であり続けようとするのは、教育への熱意以外になにがあるだろうか。 教育の衰退は、国民の衰退であり、教育の軽視は未来への扉を閉ざすことになりかねない。この無名の代理教師たちに勝る「誇り高き選ばれし人」は、中国広しと言えども探すことはできないだろう。。(執筆者:椿樺・記者 コラムニスト、翻訳者:Amina ※本稿はCNPOSTS(翰文網)からの転載。 |
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秋はイベントの季節/「使い捨て」られた日本人技術者たちが見つけた活路
2008.9.2.22:00ころ ★ブラジルフェスティバル 2008(9月6、7 ...続きを見る |
多文化・多民族・多国籍社会で「人として」 2008/09/02 22:09 |
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