酔語酔吟 夢がたり

アクセスカウンタ

help RSS 62年目の夏。老人の夢。

<<   作成日時 : 2007/08/06 17:16   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 1

 平和が一番。

平和宣言、核軍縮後退に危機感 広島「原爆の日」
2007年08月06日10時46分
朝日新聞

 広島は6日、被爆から62年となる「原爆の日」を迎えた。広島市中区の平和記念公園で「原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式)が開かれ、約4万人が参列した。秋葉忠利市長は平和宣言で「人類は今なお滅亡の危機に瀕(ひん)している」と述べ、核保有大国の核軍縮が滞り、核拡散もやまない状況を批判。久間章生・前防衛相が原爆投下を「しょうがない」と発言したことなどを受け、政府に被爆の実相を直視するよう迫り、さらに憲法をあるがままに順守するよう強く求めた。国内外にいる25万1000人余りの被爆者の平均年齢は74歳を超えた。

式典は午前8時に始まった。平和宣言に先立って、広島で被爆してこの1年間に死亡した5221人の名簿が原爆死没者慰霊碑に納められ、死没者は25万3008人になった。原爆投下の午前8時15分には「平和の鐘」が鳴り響き、参列者は慰霊碑に向かって1分間の黙祷(もくとう)をささげた。海外からは過去最多の42カ国の政府代表が参列した。

 就任後、初めての出席となった安倍首相はあいさつのなかで「今後とも、憲法の規定を順守し、国際平和を誠実に希求し、非核三原則を堅持していく」と誓った。
 しかし、国際社会では核拡散防止体制の軸となる核不拡散条約(NPT)体制への信頼が大きく揺らいでいる。米国は01年の同時多発テロをきっかけに安全保障政策を転換。NPT加盟のロシア、英国、フランス、中国も具体的な削減への動きを見せず、05年のNPT再検討会議では最終合意文書の採択が見送られた。昨年には、条約を脱退した北朝鮮が核実験を強行するなど、核軍縮をめぐる動きは後退を続けている。

 国内でも、核兵器保有論や改憲論が公然と語られ始め、6月には久間前防衛相が講演で原爆投下について「しょうがない」と述べて辞任した。

 平和宣言は、こうした状況に危機感を示し、被爆の実相や体験を語り続けてきた被爆者の哲学を日本政府は学ぶ責務があると指摘。日本が核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負うことを再確認したうえで、「平和憲法をあるがままに順守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべきです」と政府に迫った。国の原爆症認定行政や在外被爆者への援護策を念頭に、高齢化する被爆者に対しては「実態に即した温かい援護策の充実」も求めた。

 広島市は今秋から、08年11月の米大統領選を視野に、首都ワシントンと全50州の計101都市を網羅する初めての「全米原爆展」を展開する。

 宣言はこうした取り組みも踏まえ「21世紀は市民の力で問題を解決できる時代」「都市が立ち上がり、市民の声で国際政治を動かそうとしている」とうたった。

NHKニュース
広島 原爆描いた壁画映し出す

支局長からの手紙:「広島・似島から」再び /島根
8月6日13時3分配信 毎日新聞

 広島原爆の日です。
 毎年、夏になると「読んでもらいたい」と思う話があります。原爆投下直後から被爆者の治療にあたった元陸軍衛生軍曹、小原好隆さん(99年に逝去)に生前、うかがった話です。
   ◇   ◇
 1945(昭和20)年8月6日。広島湾の似島(にのしま)(爆心地から約9キロ)にあった陸軍検疫所の付属病院にいました。かなり大きな事故だと思いましたが、何が起こったかわかりませんでした。午前9時ごろ、患者を運ぶと連絡があり、あるだけの毛布を敷き、本土決戦用の医薬品5000人分をすべて出しました。きのこ雲を見る余裕さえありませんでした。

 午前10時に患者を満載した船が到着。何百人いるか見当もつきません。似島まで来る人はまだ助かる可能性があったはずなのに、桟橋に着いた途端、次々と亡くなりました。治療といっても、肉と皮を切り赤チンを塗る程度。靴をはいたままの足を切断しました。体中に刺さったガラスを抜くうちに気絶した患者もいました。それまで、南方や中国大陸を回りましたが、被爆者ほど無残な姿を見たことがありませんでした。

 薬は3日でなくなりました。海水を薄めてリンゲルの代わりにしたり、ふんどしを切り取って包帯にしたり。腕や足をすぐに切断しないと死んでしまう患者が150人もいるのに、麻酔薬が3日で底尽きました。

 左腕をすぐに切断しないと命にかかわる15歳ぐらいの女の子がいました。「死にたくない。家に帰りたい。切ってください」と言います。兵隊ならすぐに切ったんですが…。隊長の決断で麻酔なしで切ることになりました。牛刀で肉と皮を切り、のこぎりで骨を切断しました。「ぎゃー」という叫び声。どうしても忘れられません。その子は一生懸命辛抱してくれました。

 患者はとにかく水を欲しがった。でも水を飲ませるとすぐ亡くなりました。「水を飲ますな」と厳命しました。患者には鬼のように見えたはず。「たとえ一瞬でも生きている間に家族と会わせたい」との思いで心を鬼にしたんです。
 何もしてあげられませんでした。戦後30年間、対岸の宇品に10回ぐらい行ったのですが、どうしても似島に渡ることができませんでした……。
   ◇   ◇
 昨夏も小原さんの話を紹介しました。重複を承知のうえで今年も掲載しました。【松江支局長・松本泉】 −8月6日朝刊−

     ------------------------------------------

 62年目の夏を迎えました。
1945年、8月6日 そして 8日の長崎の被爆から62年経ちました。
広島では約14万人、長崎では約7万人の方々が亡くなりました。
そして、今なお、全国で約26万人に上る方々が被爆の後遺症に苦しんでおられます。

投下直前まで普通に暮らしていた市民が、原爆の凄まじい破壊力・殺傷力によって かけがえのない命を奪われてしまいました。これは、無辜の市民への無差別大量虐殺である。

唯一の被爆国である日本は、どんなことがあってもこの悲しく悲惨な体験を忘れてはなりません。世界に訴え続けなければなりません。

被爆者も高齢になられています。核廃絶の夢が、次代、次代へと受け継がれ、何時の日か核のない世界になるまで、声を上げ続けなければなりません。それが、高齢になられた被爆者の夢であり、我々もまた、夢の実現のため声を上げ続けなければならない。

安倍首相は原爆症認定の基準を見直すと明言しました。是非、早急に進めて頂きたい。

老人の夢。

上の記事によると、秋葉市長は平和宣言の中で、平和憲法をあるがままに順守し…と謳っている。安倍首相も挨拶で、今後とも憲法の規定を順守し…と誓っている。

平和祈念の式典だから本音を避けたのだろうが、???ランプが点灯した。
この往生際の悪い首相は、「私の任期中に憲法を替える。9条を替える」と断言している おっさん である。これは国民との約束だと言い放った親父である。

「今後とも、憲法の規定を順守し、国際平和を誠実に希求し、非核三原則を堅持していく」と誓った。これも勝手に「約束しましたよ〜〜」「誓いましたよ〜〜」と同じ類いか。
困るんだよね、こういう人。友人なら注意も出来るのだが、何せ総理大臣閣下であるので、如何ともし難い。

さて、安倍晋三氏は就任来、改憲、改憲とぶち上げ、道徳を説きまくり、家族の有り方まで規制しよう、としてきた。お友達の閣僚、党幹部には核保有論、武装論まで言わしめる念の入りようだった。米国に広告まで出させて軍の正しさを訴えた。

これは、彼を始め彼らの夢が瞭然としている証左だ。
安倍晋三氏は自民党のプリンスであるだけでなく、保守派それも国粋主義者のプリンスなのだ。彼の氏素性は国粋主義者が担ぐに理想的な人物なのだ。政界の保守人脈を見回しても彼より他にいないのである。

密やかに進められて来た策謀は、小泉劇場で圧倒的な勢力を擁する集団になったことで、一気に成し遂げようとすることにしたのだ。
その御輿が安倍晋三氏である。御輿に乗っているのは戦前復帰の霊である。

閃光一閃、凄まじい殺傷力で、家族や子供、恋人を失った、多くの被爆者。
高齢になられた今、二度と戦争のない平和な社会の実現が夢である。

一方、敗戦は屈辱である。かつての栄光よもう一度と、リベンジ に燃えている老人の夢がある。

今参院選挙で、老人の夢は足踏み状態になったが、安倍晋三氏が、はっきり宣言している如く、我々の前に国家像を提示してくれた。
潜行してある日突然、現れるのは不気味で嫌だが、彼らも紳士である。堂々と選択を迫ってきた。我々に与えられているのは選挙権という権利だけである。

権利は行使しないと宝の持ち腐れになります。
近い内には衆院選もあるでしょう。
そこで、恐らく日本の近未来が決せられるでしょう。
その時こそ未来を託す一票になります。
是非、権利を行使して下さい。

勿論、信じるところへ思うがままです。
私が思い抱く逆の結果になっても「しょうがない」です。
民意ですから潔く認めます。誰かさんのように居直りはしません。(笑)

平和を希求する老人の夢か。
戦前に回帰してリベンジを果たしたい老人の夢か。

我々世代に課せられた大きな責任です。


テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
原爆は悪魔の兵器
 今日はヒロシマに原爆が投下された日。多くの犠牲者に祈りを捧げましょう。 ...続きを見る
飯大蔵の言いたい事
2007/08/06 22:23
[原爆の日]核のない地球へ新たな誓い 広島
今年もまたこの日がやって来ました。 ...続きを見る
晴天とら日和
2007/08/06 22:31
9条にエール(続)
2007.8.4.11:35ころ 前回のエントリーの補足として、『戦争の抑え方☆ ...続きを見る
多文化・多民族・多国籍社会で「人として」
2007/08/07 10:02

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
核兵器の残虐性と、広島・長崎の惨禍は語り継がれなければならない。
不思議なのは、原爆を落とされるまで戦争をやめなかった軍国主義戦争指導者ら(昭和天皇を含む。)に対する恨みが聞かれないことだ。
勝てないと分かったときに戦争をやめていれば、各地の空襲も、沖縄線も、広島・長崎の惨禍もなかったはず。
多くの政治家たちは今年の夏も靖国神社に参拝するだろう。
人間は同じ過ちを何回でも繰り返す動物だ。
朝粥一膳
2007/08/07 08:03

コメントする help

ニックネーム
本 文
62年目の夏。老人の夢。 酔語酔吟 夢がたり/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]