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「裁判官に五寸釘打ちこみたい」 いやはや、なんとも衝撃的な見出しですが、男性の怒りは当然で、至極残念だったでしょう。 これは道理も糸瓜もない、理不尽な所業だ。 「裁判官に五寸釘打ちこみたい」 冤罪の男性が怒り 2007年06月20日19時27分 http://www.asahi.com/national/update/0620/TKY200706200362.html 富山地裁高岡支部で再審初公判があった20日午後、服役後に冤罪が判明した男性は富山市で記者会見に臨んだ。男性を取り調べた警察官の証人尋問が却下されたことについて、男性は「裁判官の頭に五寸くぎを打ちこみたい気分」と激しい怒りを表した。そして「残念な裁判だった」と繰り返した 藤井輝明弁護士は「このままでは、男性がやってもいない犯行を、強引な取り調べもなしに、任意に自白したということが記録上残ったままになる。『(捜査当局に)言わされた』ということをどうして無視できるのか」と、裁判所が証人尋問の申請を却下したことに強く抗議した。 ------------------------------------- −−−−この事件の経緯は、多くの方々がご存知だと思います。 若し未だお知りでない方は、是非次にお示ししましたサイトをご参照ください。 富山冤罪事件http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/toyamaennzai.htm ---冤罪事件は昔からあります。多くの方の想像通り、現在も無辜の人々が苦しんでいます。。 戦後、日本は主権者が国民になりました。 でも、此度の事件は、未だお上意識から抜け出せないでいる民と、それを利用する権力の恥部が出た事件だった。 彼等(当事者)にとっては、まさかと思っているでしょう。今までは当たり前のように問題にならなかったのだから…。国民と権力、戦後の新憲法で錯覚したのは国民だけだった。 権力は我々を下下としてしか捉えていなかったのだ。 国民には憲法も法律も知らしめるべきではない。 多くの人々が憲法が権力を縛るものだとは知らない。 でも、普通の国であればそれで良いと思う。 日本人の美徳は相互扶助ですから、信頼した人には任せる。 人の良い日本人は錯覚したのだ。 もうすこし進めたいのですが…違う見方を述べます。 一つは道理に敵っていない暴挙だと言うことです。 法治国家を標榜する日本で、法の下の平等が崩れ往く様を、見るのは偲び難い。 法は何のためにあるのか…私たちの社会安寧のためにある。 運用に際しては十分の上に十分、吟味されて行使しなければならない。今回の事件は法文の偽装ができない以上、無理に当て嵌めるという、愚かしい所業を司法・行政が組んでやった誠に背筋が凍る恐ろしい事実だった。 事件が起きた、罪名が決まる、被疑者を選択する、選ばれた者は90%以上、起訴・有罪が決まる。検察・裁判所は乾杯の祝杯を上げる。 お上という閉ざされた世界の人間が下下を睥睨し、己が威を張っている役人根性が見え透いているのだ。 「木によりて魚を求む」とよく言われますが、方法を誤ったのではなく、端から事件に照らして、犯人を挙げる方法が決められていたのだ。 冤罪事件の多くは、このようなお上の権力が、生んだ恥ずかしい現実でしょう。無辜の人間だったらどうしよう……というデリカシーを求めるだけ無理と言うものです。 怒……このままでは長くなりそうなので、端折って次にゆきます。 国家の権力は法によって行使されているのです。 これは常識ですが、人は法よりもそれを語る人を崇めます。 宗教の殆どはそうです。説く人の解釈が違えば、全く別なものが出来上がっても不思議はありません。宗教が宗派毎に、解釈が違うのも当たり前です。 だが、国家は違います。憲法は国民の総意です。 下にぶら下がる法律から辿ると憲法に往きつきます。 法治国が国民の意思に基ずく法を、勝手に変えられる道理はありません。 だが、権力の下っ端は、己が威力を誇示したいため、或いは出世や懐を肥やすため強圧するのです。 勘違い、履き違えの極みでしょう。 此度の事件をこのまま放置、忘れてはなりません。 どこよりも自由で、軍事力を誇示しない国。 思いやりが美徳と喧伝されている日本。 建て前がバレルと開き直るしかなくなる。権力の開き直りほど恐ろしいものは無い。肝に命じておきましょう。 この事件は、三権分立が建て前だった……と読み取れます。 だった事件の概要は先にお示ししたサイトをご覧下さい。 警察・検察と裁判所が仲間だったということです。 摘発する側と裁く側が組めば、どんな恐ろしいことが起こるか、誰しもお分かりでしょう。 日本が人権を蔑ろにしている国と世界に知らしめているようなものです。 仲間の失点を庇ったり、手柄を助ける美談は数多くあります。 しかし、それを成し遂げた人は、、我が身を犠牲にして献身する、普通の人にはできっこない、精神の持ち主だと、人々に膾炙されています。 のに、なにゆえ………彼等(司法・検・警察)は仲間のルールを優先するのだろうか。なんで…一体、この方々はどんな人物だろうか…想像はつきますが、これ以上、書くのは止めます。 馬鹿らしくなりました。 司法と行政が一体になればすべて思うがままです。 どちらも国の禄を食む官僚に違いないのですから。 立法府は? これが一番だらしない。国の最高機関というのも建て前に過ぎない。最近の政治家の振る舞い振りを見れば明らかでしょう。 この事件が日本国家の重大事であると、報道したメディアは無い。 発信する政治家もいない。残念だ……う〜ん。 日本は先進国で世界第二の経済大国だそうだ。 色んな金に纏わる指数はそうかも知れない。しかし、先進国の定義は銭だけではあるまい。人権然り、格差然り、確りした為政者がいるのも然りである。安倍権力のことに繋がりますが、このことは別の機会にします。 以前、「裁判官に一言」という駄文を書きました。 裁判官はお上です。但し「お上にも慈悲がある」なんてことは許されません。一方に片寄るのは恥ずべきことです。。 私たちが望むのは、検察、弁護側の言い分を精査して、法に則って判決を下す裁判官です。 相反するものを扱う者はそれなりの責を負うのが当たり前である。 嫌なら止めて弁護士か他の職に就けば良い。 行政が自衛隊、靖国などの憲法解釈を自由にできるのも、司法が決めかねているからでしょう。国家の統治権は行政にあって、司法も一員ではあるが、完全に独立した機関ではないという現状のようです。三権分立が怪しくなっているのです。 国家権力から庶民にいたるまで、法によって規制されています。 司法が一方に片寄ると国が可笑しくなります。皺寄せは庶民が蒙ることになる。 此度の件は当事者にも三者にも、多くの教訓を与えてくれました。 二度と冤罪が起きないことを、切に願っています。 --- 私は、裁判員制度も、被害者を法廷云々にも、現状では、すべて反対です。このことは何れ……。 「裁判官に五寸釘打ちこみたい」 この言葉が脳裏に焼きついています。 取り留めない、駄文になりました。 また何時か、書けるなら書きます。 最後は決まりの一言。 参院選、是非投票を、できれば野党にね。 |
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晴天とら日和 2007/06/22 11:38 |
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